A-cars Historic Car Archives #067
'75 Hurst/Olds
75年型ハースト/オールズ
Text & Photo : James Maxwell
(Collector Car Review/2008 Jul. Issue)
Jul. 11, 2025 Upload
伝説的な存在として語られるハースト/オールズが登場したのはモデルイヤーでいうところの1968年。それはシフターで名を馳せるハースト・パフォーマンス社がオールズモビル4-4-2に455cuinのロケットV8エンジンを搭載して市販化したものだった。ぺルビアン・シルバーに身を包んだその68年型ハースト/オールズは、マッスルカー・ムーヴメントの中においても強烈な存在感を放っていた。その後、69年、72~75年、79年、83~84年、そして88年にそれぞれハースト/オールズがリリースされた。現在のコレクターカー市場では68年および69年型のバリューが高いといわれているが、年式を問わずそのすべてがレアな存在であり、オールズモビル・ファンにとっては心ときめく存在といえるだろう。
アリゾナ州スコッツデール在住のフレッド・マンドリック氏もそんなオールズモビル・ファンのひとりであり、69年型ハースト/オールズを含め数多くのオールズモビル製マッスルカーを所有している。そんな氏が75年型ハースト/オールズと出合ったのは、何気なくネットサーフィンをしてオークションサイトを覗いたときのこと。ハードコアなオールズモビル・マニアである氏が、この出会いを見過ごすわけがなかった。出品者の説明を読み、走行距離が僅か1770マイルという記述を確認した氏は、すかさず“ウォッチリストに追加”のボタンをクリックしたという。
ハースト/オールズとしては6代目となる75年型は、カトラス・スプリームをベースに、ハースト社によってスープアップ・コンバージョンされたモデル。当時のパッケージ価格は1095ドルで、ハースト・ハッチ、スモークガラス・ルーフパネル、バイナル・ハーフトップ&開閉可能なクォーターガラス、回転式バケットシート、スポーツ・コンソール&ハースト・デュアルゲートATシフター、ターボハイドラマチック・トランスミッション、カスタムフード・オーナメント、ハースト/オールズ・マーキング、ゴールド・ストライプ、HR70×15ホワイトレター・タイヤ、15×7スーパースポーツⅢゴールド・ホイールといった内容で構成されていた。
搭載エンジンはW25の350cuin、W30の455cuinという2種類のV8が用意され、このほかオプションとしてハースト・スプラッシュ・ガード、アラーム・システム、ハースト/オールズ・ライセンスプレート、メモリー付きタコメーター、バキュームゲージ、ホイール盗難防止用ロックナットなどが用意されていた。
75年型ハースト/オールズの生産台数は2535台。ボディカラーはエボニー・ブラックとカメオ・ホワイトの2種類に限定され、ブラックが1242台、ホワイトが1293台と、ほぼ半々の割合でリリースされた。
さて、ネットオークションに話を戻そう。パソコンにかじりついてハースト/オールズへの入札を監視していたフレッド氏は、オークション終了数分前に勝負のプライスを打ち込み、静かに秒読みを始めた。他にもこのクルマを狙っている人がいることを想定し、念のためプライスは自分が決めた額より若干高く設定したという。そしてあと数秒を残すところで入札ボタンを押すと……驚くほどあっさりと落札できたという。
後日代金の振り込みを済ませると、すぐにクルマの書類が届いた。その書類を眺めながらフレッド氏は胸を躍らせつつ車両の到着を待った。そしてトラックに乗せられてやってきた75年型ハースト/オールズを見てそのコンディションに驚愕した。オークションページの画像からも美しい状態なのはわかっていたが、実物は想像を遥かに超えており、どこを見てもまさにショールーム・コンディションだったのだ。
だが、それも当然のことだった。ヒストリーを調べてみると、驚くことにそのハースト/オールズはネブラスカ州のディーラーのショールームに20年間展示されていた個体で、96年にビル・ハーストというコレクター(名字が“ハースト”というのはあくまでも偶然)の手に渡った。そして、ハースト氏がそれを12年間大切に所有した後にオークションに出品したのである。
この車両は170hpの350cuinV8にTH350トランスミッションを組み合わせたW25バージョン。W25の生産台数は1324台だった。ちなみに455cuinV8を搭載したW30バージョンの生産台数は1193台。いずれもシングル・エキゾーストと触媒が標準装備され、レギュラー・ガソリン仕様だった。
このW25は350cuinという排気量を持ちながらも、最高出力は170馬力にとどまる。排ガス規制が一気に強化され“パフォーマンス”という言葉が死に絶えていた時代背景を考えれば、この数字も致し方ないものだろう。
75年にカークラフト誌がW30バージョンを用いてテストを行っているが、パフォーマンスカーとしては芳しくない結果だった。ブラックのボディカラーからカークラフト誌のスタッフが“Batmobile”というニックネームを付けたW30のクォーターマイル・タイムは16.63秒@82.84mph。マッスルカーが全盛を極めた60年代とは比べ物にならない、何とも寂しいテスト結果だった。
この75年モデル頃から、ハースト/オールズが実際の走りよりもルッキング・パフォーマンスや快適性を重視するようになったのは一目瞭然であり、その最たるものがハースト・ハッチ(いわゆるTトップ)だろう。テスト車両のベルト類を緩めたり、点火時期を変えたり、吸気効率を良くしたりなどの「小技」を使えばタイムはあと1秒くらい削れたのかもしれないが、ベース車の仕様、コンセプトを考えれば、それはあまりにも意味のない努力といえる。実際、その試乗テストでドライバーを務めたマクジェネラル氏もこう語っている。
「テスト・カーには一切手を加えなかった。数年前までのハイパフォーマンスカーは小さい変化にも素直に反応してくれたが、このBatmobileはそうはいかない。なにせシングル・エキゾーストに触媒、そしてオート・エアコンが付いたクルマなのだ。もうそこは割り切るべきだろう」
当時のオールズモビルはアメリカでトップスリーに入るメジャー・ブランドであり、その中でも最もポピュラーな存在がカトラス・シリーズだった。コンバーチブル・モデルのリリースが禁止されていた当時にあって、ハースト・ハッチが新たなアピール・ポイントだったことは間違いない。さらに、ボディのストライプやマーキングも新鮮な印象をもたらした。お世辞にも速いとはいえないが、それでよかったのだ。当時のハースト/オールズは、ドラッグ・ストリップで暴れるクルマではなく、品のあるロードカーというコンセプトを追及してたのだから。実際、当時与えられたキャッチコピーは”スピリッツ&ラグジュアリー溢れるモータリング”だった。
もちろんオールズモビル・マニアたるフレッド氏はこれらのことを全て承知の上でこのマシンを購入している。氏のガレージにはすでに何台ものハイパワー・オールズモビルが収まっており、それらとは異なる、快適なクルーザーを求めていたのである。氏はリラックスしたい時に、この新車の様な75年型ハースト/オールズでストリートやフリーウェイを流すことがあるという。最高に贅沢なコレクター・ライフスタイルである。
ゴールドのマーキングが入った4-4-2用フードを標準で装備。今となってはスーパー・レアなフード・オーナメントも御覧のコンディションで健在だ。
75年モデルイヤーではじめて設定された350cuinV8エンジンだが、その最高出力は170hpという数値。マッスルカーの代表的なモデルだったハースト/オールズですら、この時代は排ガス規制の前になす術がなかったのだ。エンジンルームを覗けば、エミッション関係のホース類に囲まれるようにロチェスター製のクアドラジェット・キャブレターが見える。ファクトリーで塗られたエンジン・ペイントもオリジナルのままにある
ゴールドのスーパースポーツⅢホイールに組み合わされているのはユニロイヤル製のタイヤ。これも新車時から装着されているものだ。
75年型で初めて採用された5マイル・リアバンパー。その下に顔を覗かせるエキゾーストは一見デュアルに見えるが、実はリアまでシングル・パイプが通り、バンパー直前で2本に分けられている。
トランクにはハースト・ハッチのガラスパネルを収納するボックスが備え付けられている。パネルは意外とサイズが大きく、収納するとトランク・スペースの大半が失われる。
ハースト・パッケージのシートは、インサートのクッション部分(黒い部分)がリバーシブル式になっており、裏返して装着することでホワイトにすることも可能。シートは乗降性を高めるために回転式を採用。シート上に載るこれらのマニュアルは全て新車時に付いてきたもので、ハースト・ハッチの取扱説明書までご丁寧に附属されていた。シフターはもちろんハースト製で、デュアルゲート・タイプ。
撮影時、アングルを変えるたびにクルマの移動をお願いしていたのだが、その最中にオドメーターが1769から1770マイルに……。こうしたコレクタブルカーの撮影では、1マイルの増加にも気がとがめるものだ。