A-cars Historic Car Archives #048
'79 Lincoln Continental MarkV Bill Blass
79年型リンカーン・コンチネンタル・マークV・ビル・ブラス
Text & Photo : よしおか和
(FoMoCo Classics/2010 Aug. Issue)
Feb. 27, 2024 Upload
日々の暮らしの中で、周囲の風景が大きく変化していることにふと気付くことがある。考えてみれば、時代とともに街角の表情が変わるのはごく自然な成り行きであり、当たり前のことである。ところが筆者ときたら20年前、あるいは30年前と同じように相変わらず古臭いアメリカ車を追いかけ続け、時にはガレージに籠ってコツコツと直したりしているもので、知らず知らずのうちに大いなる錯覚に陥ってしまうのである。
冷静になって周囲を見渡してみると、実は自分自身が愛好しているアメリカ車のクラシック・モデルなどは、もう実際には全く走っていないことを思い知らされる。そして、ストリートを走っているのは新しくて、小さくて、どれもが同じような顔に見えるクルマばかりだという事実に改めて驚いてしまうのである。だからこそ、どう見ても街角の風景に溶け込めず、確実に浮いてしまっている前時代の遺物のような巨体を目にする機会に恵まれると、ついつい嬉しくて興奮してしまう。60年代のマッスルカーやホットロッドはもちろんだが、最近はそれら以上に70年代のフルサイズ・ラグジュアリー・クーペがレアな存在となっており、日本はおろかアメリカ本国でもそれを街中で見かける機会が激減している。常日頃から夜更かしして昔のアメリカ映画を愉しんでいることもあってアタマの中のイメージがどんどん現実から離れていってしまいがちだが、そんなフルサイズ・ラグジュアリー・クーペが巨大なボディを大きく傾けてタイヤを鳴かせながら曲がり角を曲がっていくシーンなど、2010年の現実世界ではほとんどあり得ないのである。しかし、そんな現実などさて置いて、とことん夢想の世界に皆さんを誘うのがこのコーナーのスタンス(笑)。というわけで、今月は70年代のラグジュアリークーペの中でも最もビッグでゴージャスで優雅なこのモデルに注目してみた。79年型リンカーン・コンチネンタル・マークⅤ・ビルブラスである。
リンカーン・コンチネンタルのスペシャリティ・クーペは、56年型と57年型にだけラインナップされたマークⅡがルーツであり、10年以上の時を経てそれを改めて継承するカタチで69年型のマークⅢが発表された。そこで採用されたコンシールド・ヘッドライトにウォーターフォール・デザインのラジエターグリル、そしてコンチネンタルキットの名残りを感じさせるトランクリッドが特徴のボクシーかつセクシーなフォルムは、72年型で更に大型化したマークⅣにもしっかりと受け継がれた。その後、時代を反映してますます高級指向になったマークⅣは76年型で新たにデザイナー・シリーズをリリース。これはボディやインテリアのカラーコーディネイトなどを、当時第一線で活躍していた著名デザイナーたちに依頼して実現したもの。具体的に言うと、ジバンシー、カルティエ、エミリオ・プッチにビル・ブラスの4車種が存在した。翌77年型でモデルはよりシャープなボディラインを纏ったマークⅤに発展を遂げたが、相変わらずデザイナー・シリーズは健在で、それぞれがさらに個性を強く主張した。その結果としてリンカーン史上最も輝かしいモデルがこの時代に残されたのである。
ビル・ブラスはニューヨークで活躍したデザイナーで、リンカーンのデザイナー・シリーズを手掛けた4人の中で唯一のアメリカンだった。それは実際にクルマにもはっきりと表れており、デザイナー・シリーズの中でも他の3車種と比較するとなんともニューヨークっぽいというかアメリカ臭い。79年型、すなわちマークⅤのファイナルモデルにおけるビル・ブラスはホワイトとダークブルー・メタリックのツートーン・ペイントが特徴で、その境界線付近に与えられた細いゴールドのストライプがいかにもそれらしいアクセントを効かせている。ホワイトのキャリッジルーフを採用してちょうどコンバーチブル・トップを閉めた状態のようにデザインされたタイプが標準だったが、同時に従来のオペラ・ウィンドウを活かしたバイナル・ルーフもオプションとして用意され、今回撮影したのはまさにその1台となる。インテリアはホワイト・レザーにダークブルーのパイピングをあしらった撮影車のタイプとその逆バージョンが存在したが、ダッシュまわりとフロアカーペットはどちらにおいてもダークブルーが基調になっていた。
当時のカタログではこのお洒落なビッグクーペをヨットハーバーに持ち込んで撮影していたが、まさにそんなリゾート感覚を持ち合わせたモデルである。さらにそのカタログでは白いスーツを着たモデルを起用していたのだが、確かにそんなキザな出立ちがキマるオーナーでなければ似合わないクルマという気もする。
撮影車は細部に至るまで当時のディーラー車のオリジナル・ディテールを保ち、そのコンディションの素晴しさに思わず感嘆したが、同時にこのあまりにも優雅なスペシャリティカーをどんなシチュエーションに置くべきかで非常に悩んでしまった。考えあぐねた末に思い切って日本の伝統的な街並みに置いて撮影したのだが、いかがだっただろうか。そのミスマッチが意外と様になったように感じるのは、それが“非日常”同士の組み合わせだったからなのかもしれない。
風格を漂わせるフロントマスク。コンチネンタル・マークⅤのファイナル・モデルイヤーとなったこの79年型では、デザイナーズ・シリーズの上にさらなるラグジュアリー・パッケージとしてコレクターズ・シリーズ(コンチネンタル・シリーズ共通オプション)も設定されていた。
79年型のビル・ブラスではホワイトのキャリッジルーフが標準とされ、撮影車のようなオペラ・ウィンドウ付きバイナルルーフはオプションだった。このオプションの存在は「マークⅤにはオペラウィンドウがないと!」というユーザーが少なくなかったことを物語っているようにも思える。ちなみにそのオペラ・ウィンドウのガラスにはリンカーンのシンボルマークとBILL BLASSのスクリプトが描かれている。
かつてのコンチネンタルキットを形どったトランクリッドは、その部分だけがダークブルーに塗り分けられて強調され、ビル・ブラスの紋章も描かれている。撮影車はディーラーによる正規輸入車のため、リアバンパーの上にはオレンジ色のターンシグナル・レンズがしっかりと後付けされている。
ホイールはマークⅤの標準となるフィンスポーク・タイプを流用するも、その内側はしっかりとダークブルーにペイントされ、ビル・ブラスのアイデンティティを示している。
ホワイトを基調としたインテリアは30年以上の時が経過した今もなお美しい状態を保っている。ダークブルーのアクセントを効かせたデザインはビル・ブラスの真骨頂。これほどまでに優雅なフルサイズ・クーペは今後も作られることがなさそうだ。
サイドウィンドウを開くためにスイッチを入れると、まずベンチレーテッド・ウィンドウ(三角窓)が下り、続いてメインのサイドガラスが下りるシステムになっている。
搭載エンジンはボア4.0×ストローク4.0インチの400cuinV8。圧縮比は8.0:1で、モータークラフト製の可変ベンチェリー式2バレル・キャブレターを採用する。最高出力は159hp@3400rpmにとどまるが、最大トルクは315lbft@1800rpmと低速域で太く、パワーを求めるのではなくあくまで優雅に滑らせるクルマと考えればクルージングにフラストレーションを覚えることは決してない。