A-cars Historic Car Archives #043
'62 Ford Thunderbird Sports Roadster
●62年型フォード・サンダーバード・スポーツロードスター
Text & Photo : よしおか和
(FoMoCo Classics/2007 May Issue)
Jan. 23, 2024 Upload
子どものころに住んでいた家から比較的近いところに米軍基地と映画の撮影所があったことで、よくアメリカ車を目にした。大きなボディにギラギラと輝く大げさなラジエターグリルの造作に、いつもワクワクしていたことを今でもはっきりと記憶している。そしてあるとき、それまで見たこともないようなデザインのクルマが目の前を通り過ぎ、まるで宇宙船のようなその姿にポカンと口を開けたまま一歩も動けなくなってしまった。その日のうちに母親にねだり、『外車ガイドブック』を買ってもらい、そのクルマがフォード・サンダーバードであることを知った。これが、筆者が初めて憶えたアメリカ車、いや、外車の名前だった。
サンダーバードはアメリカ人にとってとてもスペシャルな存在で、Tバードという呼称で親しまれている。コルベットに対抗して55年型でデビューしたが、2シーター・ロードスターというカタチにこだわったのは最初の3年間だけ。58年型からは大型化され、リアシートを備え、コンバーチブル以外にハードトップモデルをラインナップに加えた。そして61年型から斬新なデザインをまとい、あまりにも個性的でエキゾチックなラグジュアリー・スポーツへと変身を果たした。弾丸をそのまま横に倒したようなシルエットに丸くて大きなテールランプ。クルマというよりもロケットをイメージさせるそのフォルムは、まさに幼い日に筆者を叩きのめしたあのサンダーバードである。
この61年型サンダーバードがどれだけセンセーショナルなモデルだったのかは、その年のインディ500マイル・レースのペースカーに選出されたことからも想像できるだろう。その後、実に多彩な変遷を繰り広げたTバードの長い歴史にあっても、このデザインは特に印象的であり、日本では俗に“ロケット”サンダーと呼ばれたりもした。これはもちろん、迫力あるリアスタイルによるところだが、モデルイヤーでいうと61年型から63年型までの3年間に限られる。ただし、この3年間においては基本的なフォルムは変わっていないものの、細かなディティールは1年ごとに違っている。よく見比べると、ラジエターグリルのデザインにも変化が認められるが、最もわかりやすい判別ポイントはボディサイドに与えられるクロームのデコレーションの違いだろう。61年型と62年型ではリアフェンダーに与えられるその装飾が明らかに異なり、63年型ではそれがまた変化すると同時に、位置をドアへと移している。また63年型ではプレスラインにも手が加えられているので、仮に小さな写真を見ただけでも判別は容易だろう。そして、今回撮影したのは62年型である。
62年型サンダーバードを語る上で忘れてはならないのが、この年から新たなボディタイプが加わった事実である。61年型ではハードトップとコンバーチブルの2種類だったところへ、さらに2つのボディタイプが追加されたのだ。ひとつはバイナルトップを備えたランドゥ・ハードトップで、もうひとつがここに紹介しているスポーツロードスターである。よって撮影車の正式名称を記すなら、62年型フォード・サンダーバード・コンバーチブル・スポーツロードスターということになる。このスポーツロードスターと普通のコンバーチブルとの具体的な違いは、リアシート部分に覆い被さるトノカバーの有無。そう、初代Tバードをイメージさせる2シーター・ロードスターのスタイルを再現しているのである。とはいえ、このファイバーグラス製トノカバーは着脱可能であり、外してしまえば従来のリアシートが姿を現す。しかしながら、同年のオプションの中からこれを単体で選択することはできず、あくまでスポーツロードスターをチョイスしなければ得られないスタイルだったのである。
このボディスタイルは、パテントプレートに示されるボディ・タイプ・コードにおいてもしっかりと区別されており、普通のコンバーチブルは76A、スポーツロードスターは76Bとなる。そして、その正確な生産台数は、メーカーサイドからも明らかにされていない(これについてはランドゥ・ハードトップも同様)。それでも、一部の資料の記述によれば、1500台以下と推測されている。ただ、今日ではレストア用に商品化されたリプロダクション・パーツの中にこのトノカバーも存在し、76Aのボディ、つまり普通のコンバーチブルにそれを取り付けることで、スポーツロードスターを作り出すことが可能である。こうなると純正のスポーツロードスターか否かは外観からは判別し難くなるわけだが、これ以外の76Aと76Bの違いについても触れておこう。
62年型サンダーバードの全モデルがフロントフェンダーの側方先端にThunderbirdのスクリプト・バッジを備えているのだが、スポーツロードスターのみ、このすぐ下にサンダーバードを象ったデザインのエンブレムが追加される。ちなみにこのエンブレムはトノカバーの前方、ちょうどドライバーズ・シートとナビ・シートの中央になる位置に同じものが与えられている。細かな部分で少々マニアックな印象を持たれてしまうかもしれないが、こういう些細な知識がショーなどでのカー・ウォッチングを楽しくしたり、実際にクルマを購入する際に役立つものなのだ。また、参考までに記しておくと、このスポーツロードスター(76B)は63年型にも継承されているが、この63年型ではスクリプトバッジの位置がリアフェンダーに移動したため、通常のコンバーチブル(76A)はフロントに何も与えられず、76Bのみに側方のエンブレムが与えられることになる。
さて、スポーツロードスターに関する解説で随分スペースを使ってしまったが、このコンバーチブルでもうひとつ特筆すべきは、その見事なトップ開閉システムだ。油圧を併用した電動によるシステムなのだが、まずトランクリッドが開き、たたまれたソフトトップが回転してその中に収納されていく様がユニークで、いかにも佳き時代のアメリカらしい遊び心が感じられる。大のオトナがついつい童心に帰るような、こういう“オモチャ”的な部分を見せつけられてしまうと、やはり'60s Aカーはやめられないと改めて思うのである。
ソフトトップの開閉はパワーソースにモーターと油圧を併用。トップを収納する動作においては、トランクリッドが自動的に開き、畳まれたソフトトップが回転してその中に納まる。なんとも大げさでユニークな動きを見せるのだが、'60sアメリカンならではのオモチャ的な要素ともいえよう。
スポーツロードスター最大の特徴が、このファイバーグラス製トノカバー。これが後部座席の上に被さることにより、初代Tバードを彷彿とさせる2シーター・スタイルを作り上げる。この無駄に後ろが長い姿が、いかにも佳き時代のAカーといった趣だ。取材車のボディカラーはコードJのラングーン・レッド。インテリアトリムはコード86のブラックレザーである。
宇宙船をイメージさせる個性的なフロントマスクと、エッジの立ったユニークなフェンダーラインが特徴的なフロント・セッション。アメリカにおいてこの年式のTバードはクラシックカーとしてのバリューが認められているモデルだが、それと比較すると日本での人気はいまひとつといったところか。市場においてもあまりお目にかかれない1台である。
フロントフェンダーの両サイド、Thunderbirdのスクリプト・バッジ下に独自のエンブレムが飾られるのはスポーツロードスターならではの特徴。だが、トノカバー同様にこのエンブレムもリプロダクション・パーツが存在しており、実際にリプロダクションのトノカバーとエンブレムをまとったスポーツロードスター“仕様”も数多く存在している。このあたりは車種判別のひとつの要素ではあるが、最終的に確認できるのはパテントプレートのボディ・タイプ・コードやプロダクションシートなどということになることを念のため記しておこう。
ホイールは14インチのワイヤーメッシュタイプで、ホワイトウォール・タイヤを組み合わせている。オリジナル・タイヤ・サイズは7.50×14だった。
ラグジュアリー・スポーツを意識し、メタリックな化粧パネルを多用してゴージャスに仕上げられたインテリア。パワーウィンドウ等、装備が充実している点も特徴だ。ステアリング・ホイールがポストごと横にスライドする“スイング・アウェイ”ステアリング・コラムは61年型から採用された装備。もちろんドライバーの乗降をアシストするための機能である。スポーツロードスターといえども、トノカバーを外せばご覧のように4シーターのコンバーチブルに変身する。
搭載エンジンはThunderbird390V8と称するユニット。その名の通り、ボア4.05×ストローク3.78インチの390cuinで、圧縮比9.6:1から最高出力300hp@4600rpmを発揮する。キャブレターはホーリーの4バレル。エンジンコードはZだが、同じユニットでキャブレターが2バレル×3となるコードMも存在する。