A-cars Historic Car Archives #002
'68 Cadillac Eldorado
●68年型キャデラック・エルドラド
Text & Photo : よしおか和
(Cadillac Classics/2008 Apr. Issue)
May 7, 2024 Upload
エルドラド……黄金郷を意味するこのフレーズは長年キャデラックのスペシャリティモデルのネーミングとして親しまれたが、既にそれがラインナップから姿を消して久しい。
キャデラックがエルドラドというネーミングを初めて採用したのは53年型でのこと。シリーズ62の最上級コンバーチブルとして登場し、後にクーペや4ドア・ハードトップも追加された。65年型からはフリートウッド・エルドラドという独立したシリーズとして設定されたが、本当の意味でスペシャリティ・パーソナルクーペとしてのポジションを確立したのは67年型からである。それ以前のエルドラドはフルラインナップされたパッセンジャーカー達と基本的に共通したシャシーやボディを有していたのだが、67年型でデビューしたエルドラドは既存のモデルとは一切共通性のない全く新しいデザインを採用し、2ドア・ハードトップクーペのみをラインナップするモデルだったのだ。
ホイールベースは120インチと、それまでのキャディと比較すると一段とコンパクトであり、そのスタイリッシュなフォルムは独特の個性を持ち合わせていた。またこの時代、キャレー、デ・ビル、フリートウッド60、フリートウッド75と連なるモデル達は全てタテ目4灯型ヘッドライトを備えたマスクを採用していたのだが、このエルドラドだけはコンシールド・ヘッドライト、つまり普段は目を見せない表情で明らかに他のシリーズとの違いを示していた。ちなみにこのスタイルは当時の流行の最先端であり、既にコンシールド・ヘッドライトを採用したビュイック・リビエラ、オールズモビル・トロネード、ダッジ・チャージャーがその前年までに発表されて大衆に強烈なインパクトを与えていた。キャディの試みは商業戦略的にもベストなタイミングと言えたのである。
67年型エルドラドが独特だったのはルックスに限った話ではない。むしろそのメカニズムにこそ斬新で画期的な要素があった。それはFWD(フロント・ホイール・ドライブ)だったことである。他のシリーズと同じ429cuinのV8ユニットを縦置きしながら、その直ぐ後ろにトルクコンバーターを、そして左斜め下にAT本体をレイアウトし、両者をリンクベルトと称するチェーンで連結するといった極めて独創的な機構で前輪軸を駆動したのだ。実はこのシステムはエルドラドよりも1年早くオールズモビル・トロネードが採用しており、キャデラックはそのデータを充分に収集した上で採用に踏み切った。この事実からオールズモビルというブランドがGMの中である意味モルモット的な役割を果たしている事が窺い知れて面白い。なお、このFWDシステムは新奇なだけでなく非常に優秀で、大排気量かつ高出力なエンジンのFWDは直進性や操作感に難が出やすい、というそれまでの常識を見事に打ち破り、高級パーソナルクーペらしい乗り味を実現している。
さて、ここまでを読んで、なぜFWDを開発したのか、FWDの開発目的は何だったのか、と疑問に思う人もいるかもしれないが、その答えは単純明快だ。従来のRWD=リア・ホイール・ドライブではトランスミッションやプロペラシャフトの存在によってフロアパン中央が隆起することが避けられないが、FWDならばこれを避けることができ、乗員の足下により広々としたスペースが生まれるからである。事実、エルドラドのフロアはすっきりと平坦で、レッグスペースにはゆとりがある。コンパクトサイズのパーソナルクーペと言っても居住性を犠牲にはしないという高級車ブランドの意地が、ここにしっかりとカタチになって表れているのだ。
撮影車は68年型のオリジナルカーで、内外の細かなディテールにこそ違いが認められるが、基本的には67年型と変わりはない。ただし搭載エンジンはこの年からボア4.30×ストローク4.06インチの472cuinV8に変更されており、最高出力も429エンジンの340hpから375hpまで引き上げられている。この472ユニットは同年以降、キャデラックの他のシリーズにも共通して採用されてトルクフルかつ扱いやすいユニットとして定評を得たが、エルドラドの472に関してはFWD化に伴うオイルパン形状の変更など部分的に独自仕様となっている。